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【CD入手】デイヴィッド・ボウイ / 世界を売った男 #DavidBowie #TheManWhoSoldtheWorld

■目次
●基本情報(ジャケット、曲目など)
●Youtube音源
●現れた「変容」
●スランプ期の作品
●ライコ・ディスク盤ボーナス・トラックについて
●次回予告
■デイヴィッド・ボウイー追悼日記一覧




 
●基本情報(ジャケット、曲目など)

 ジャケット画像をクリックするとAmazonの該当ページが開きます。
デイヴィッド・ボウイ / 世界を売った男

全作詞・作曲: デイヴィッド・ボウイー。

A面
1. 円軌道の幅 (The Width of a Circle) 8:05
2. オール・ザ・マッドマン (All the Madmen) 5:38
3. ブラック・カントリー・ロック (Black Country Rock) 3:32
4. アフター・オール (After All) 3:51

B面
5. ランニング・ガン・ブルース (Running Gun Blues) 3:11
6. セイヴィア・マシン(救世の機械) (Saviour Machine) 4:25
7. シー・シュック・ミー・コールド (She Shook Me Cold) 4:13
8. 世界を売った男 (The Man Who Sold The World) 3:55
9. スーパーメン (The Supermen) 3:38
合計時間: 40:37

ボーナストラック(1990年盤) # タイトル 時間
10. ライトニング・フライトニング (Lightning Frightning (Previously Unreleased (1971 outtake from the Arnold Corns sessions))) 3:38
11. ホリー・ホリー (Holy Holy (1971 re-recording of A-side from non-LP single)) 2:20
12. ムーネイジ・デイドリーム (Moonage Daydream (1971 Arnold Corns Version)) 3:52
13. ハング・オントゥ・ユアセルフ (Hang Onto Yourself (1971 Arnold Corns Version)) 2:51

参加ミュージシャン
デヴィッド・ボウイ - ボーカル、ギター、シロフォン、オルガン、サキソフォン
ミック・ロンソン - ギター
トニー・ヴィスコンティ - ベース、ピアノ、ギター、リコーダー、プロデュース
ミック・ウッドマンジー - ドラムス
ラルフ・メイス - シンセサイザー(ムーグ・モジュラー)

リリース アメリカ:1970年11月4日 イギリス:1971年4月
録音 1970年4月18日 - 5月1日 Trident Studios, Soho, London, UK、5月12日 - 5月22日 Advision Studios, Soho, London, UK

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●Youtube音源

The Man Who Sold The World +4 / David Bowie


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●現れた「変容」

 ここまで、『デラム・アルバム』、『スペイス・オディティ』、と、どちらかと言うとアコースティックな響きを大事にした音展開をしてきたボウイーですが、優秀なギタリストであるミック・ロンソンを得た影響なのかどうか、このアルバムでは一転して、豪快にエレキ・ギターが鳴り響きます。
 前作(『スペイス・オディティ』)がフォーク・ロックで今作(『世界を売った男』)はハード・ロック、みたいなことを言う方もいるんですけど、それはちょっと極端な気もするなぁ。そもそも僕は『スペイス・オディティ』がフォーク・ロックだと思ってないしね…。
 どこか神秘的な色合いがあった『スペイス~』に比すると、確かに、今作は具体的に激しい音にはなっています。けど、例えばツェッペリンなんかに比べると、圧倒的に「軽い」わけで、コレをハード・ロック的とみなすのはどうなんでしょう?。
 とは言え、1970年代のボウイーの特徴であった「変容」がここで初めてはっきり現れたとも言えるわけで、その意味では興味の尽きない音ではあります。

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●スランプ期の作品

 この当時、ボウイーは深刻な作曲スランプに(おちい)っていたらしく、CDの解説で、曲作りに苦労した様子が書かれています。
 「仕方なく、トニー・ビスコンティとミック・ロンソンがボウイから必至で引き出したコードやフレーズを懸命に組み立てていったという。」(信貴朋子)

 そういった作曲の苦労のことを知ったからと言うわけでもないですが、確かに、ここでの楽曲はちょっと精彩を欠いているような気がします。耳に残るのはキャッチーな“ブラック・カントリー・ロック”と“スーパーメン”くらいですか。
 豪々(ごうごう)と鳴り響くエレキ・ギターは、僕の好み的には嫌いな音ではないのですけれども(一部の品のないギタリストのようにキュルキュルと妙に湿った耳触りな音を出さずに、乾燥していてエッジの効いた効果的な音を出しているのは、さすがミック・ロンソンと言うべきでしょうか)、何と言うか、印象的なフレーズをほとんど繰り出さずに、「ただ鳴っているだけ」と聴こえてしまいます。
 “セイヴィア・マシン(救世の機械)”などで印象的に鳴り響くシンセサイザーにしても、21世紀を17年も過ぎて()れっ()らしな聴き手になってしまった僕には「ふぅん、それで?」という以上の感興(かんきょう)をそそられません。
 音的には面白い冒険をしているのですが、肝心の楽曲の出来が残念なような…。
 とまぁ、どうもいささか辛い評価になってしまいました。前作では先行シングルの“スペイス・オディティ”が大ヒットし、スターへの足がかりを得たボウイーでしたが、このアルバムはなんとも苦しかったのではないでしょうか。
 それにもめげずに、シングル“チェンジス”をヒットさせ、名盤『ハンキー・ドリー』をモノにし、ついには『ジギー・スターダスト』で頂点に上り詰めるのですが…。それはまた後の話。なお、トニー・ヴィスコンティは、このアルバムの後はボウイーのプロデュースから一旦(いったん)降りて、マーク・ボランとT.レックスのプロデュースに専念することになります。(『ロウ』(1977年)から再びボウイーのプロデュースに復帰。)

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●ライコ・ディスク盤ボーナス・トラックについて

 ところで、僕の持っている1970年代のボウイーのCDは、基本的に1990年代にライコ・ディスクから再発売された、ボーナス・トラック付きのものになります。現行のリマスターCDではこれらのボーナス・トラックはバッサリとカットされているのですが、なにか別の方法で聴くことが出来るようになっているのかな?。よく知らないんですけど、ともかく、この日記ではライコ盤に基づいて書いていきます。
 そのボーナス・トラックのうち“ホリー・ホリー”、“ムーネイジ・デイドリーム(Arnold Corns Version)”、“ハング・オントゥ・ユアセルフ(Arnold Corns Version)”は、『ジギー・スターダスト30周年記年盤』に収録されているものと同じ(フェイド・アウトのタイミングとかは若干違う)。なので、このCDだけで聴けるのは“ライトニング・フライトニング”(本編の楽曲よりはちょっと面白いかな)だけということになります。なお、“ホリー・ホリー”は、楽曲としては当アルバムの直後にシングルとして発表されているのですが、当盤(および『ジギー・スターダスト30周年記年盤』)に収録されているのは、1971年に再録音されたアーノルド・コーンのセッションでのテイクです。(オリジナル・シングル・ヴァージョンの“ホリー・ホリー”は、ボックス・セット『ファイヴ・イヤーズ 1969-1973』に収録されているようです。同ボックスには多分これらのボーナス・トラックは全部収録されている…だったらファンはうれしいですよね。(^_^; 実際の所はどうなんでしょう?。タワーレコード・オンラインでの曲目一覧をざっと見た限りでは、完全網羅、というわけでは無さそうですが、+αがあるみたいで、ファンには悩ましいですね。)
 「アーノルド・コーンズて何?」と言うのは誰しも思う疑問だと思いますが、詳しいことは解説にも書かれていません。(と言うか、ボートラに関する記載そのものが解説には全くありません。)どうやらボウイーの別名義のバンド、であるらしい、と、推測できるのはそれくらい。(実は英語ウィキペディアには記載があるんですが、英語のできない僕には何が何やらわかりません。(^_^;)このアルバム制作時のバック・メンバーの事はザ・ハイプ、と言う名前(のバンド名)で呼んでいたようですが、それとの関係もよくわかりません。そもそも、1971年録音の音源がここに入っている、と言うのがよくわからないですね。(^_^;
 『ジギー・スターダスト30周年記年盤』が現在ではちょっと入手しづらいので、代わりにこちらをチェックする、というのはアリなのかもしれません。

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●次回予告

 このアルバムで、アメリカ発売盤のジャケット問題がこじれたこともあって、ボウイーはフィリップス・レコード(アメリカはマーキュリー)を辞め、RCAレコードに移籍することになります。(ジャケット問題についてはウィキペディアなどを参照して各自調べていただけば。音楽と直接関わりのない部分なので僕の「音楽」日記ではここまで触れておくだけにとどめます。)
 と言う感じで、次回は名盤『ハンキー・ドリー』を採り上げることにします。

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■デイヴィッド・ボウイー追悼日記一覧



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テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

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Re: No title

ローリングウエスト さん

お久しぶりになってしまって申し訳ないです!。コメントありがとうございます。m(_ _)m

1970年代のボウイーはまさに、「宇宙人」と形容したくなる「異物感」を撒き散らしていた「モンスター」だったと思います。
僕が洋楽を聴き始めた1980年代以降は「普通の地球人」になったかな、と言う感じでちょっとがっくり来てしまいましたが。
唯一のボウイー・ライヴ体験としてティン・マシーンのライヴを経験したのも、今となっては懐かしい話です。

No title

2年前に「デビッド・ボウイ」の生涯を振り返る回顧展「David Bowe is」(天王洲アイル・寺田倉庫)を見に行きました。20世紀で最も影響力あるアーティストと評価されたボウイの音楽人生・アート・ファッションの真髄展は素晴らしかったです。彼の名前を初めて知ったのは1971年。異星から到来した架空ヒーロー「ジギー」がロック王者として成功する映画作品主題歌を歌い、ML誌でその存在が強烈に紹介された日でした。歴史的な名曲「ライフ・オン・マーズ」(1971)や「スターマン」(1972)など当時のボウイはまさに宇宙人そのものでした。最後まで男の美学を貫いてカッコよく死を迎えたのがデビッドボウイ!癌闘病生活(18ケ月)に耐えながら天に召されましたが、2日前(彼の誕生日)に遺作「ブラックスター」を全世界にリリースした直後、宇宙へと旅立ったのです。精悍な声で「私は死に往く・・」と歌ったボウイの姿はまさに驚異的でしたね!
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☆彡ふらんぼう

Author:☆彡ふらんぼう
 音楽好きの禿オヤジです。戦闘機もすき。♀アイドルも好き。そんな私です。

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